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バジュラ女王の惑星が、正式に惑星フロンティアと命名され、行政単位として新統合政府の星図に記録された頃。

透明な天蓋に覆われた惑星首都キャピタル・フロンティアの一角にあるアパートでシェリル・ノームはノートにペンを走らせていた。
静かな室内は紙の上をペン先が擦る微かな音だけが響いていた。
「ねぇっ…」
シェリルは同居人の早乙女アルトに呼びかけようとして、自分の声が思った以上に大きく響いた事に驚いた。
時刻――銀河標準時ではなく惑星フロンティア標準時を手元の携帯で見ると、夜明けが近い。
街は静まり返っているし、アルトは軍務で部屋には居ない。
「…そ…っか」
部屋着姿のシェリルはライティングデスクの上に突っ伏した。手から愛用のペンが転げ落ちる。
かなりの時間、こうしてノートに向かい合っていた。新曲用の作詞に行き詰っている。
所属するベクタープロモーションの社長エルモ・クリダニクから勧められて、バジュラ戦役を振り返る歌に取り組んでいるが、アイディアが枯渇しているわけではない。むしろ溢れ出す言葉が後から後から湧いてくる。
ただ、それがまとまらない。
シェリルにしては珍しい事だった。
アイディアが上手くまとまらなくて手が止まる事はある。だが、思い浮かべば一息に書き上げる。
戦争中の苦しみ。
孤独。
体を蝕む病。
アルトとのままごとのような日々。
戦いの中のささやかな日常が失われる予感に怯えたこと。
最後の決戦を前にしてたどり着いた透明な境地。
そして…
一つの歌には収まらない。いくつものアルバムを制作できるだけの量になるだろう。
目の前のノートに書き散らした言葉の欠片から、最初の一曲となるべきメロディが見えてこない。
シェリルは気分転換しようと立ち上がった。
ジーンズにTシャツというラフな服装に着替えた。そのまま部屋を出ようとして、思い直す。
「ちょっと寒いわね」
上着を一枚重ねようとクローゼットを開けた。
SMSのジャケットを取り出して袖を通す。肩に縫いつけられたワッペンは25の文字をデザインしたエンブレムになっていて、SMSマクロスクォーターの乗組員・早乙女アルトのものである事を示していた。
袖口を折り返して長さを調節すると、シェリルはガレージに降りて自家用車にしているセダンに乗り込んだ。
街灯の明かりが目立つ夜の街を走る。
はキャピタル・フロンティアの市街から離れ、郊外へと向かう。
窓を全開にしてピンクブロンドを風になびかせながら、惑星フロンティアに自生する森の中を駆け抜け、小高い丘の上に整備された公園で車を止めた。
シェリルは車から降りると、わずかに温かいボンネットの上に腰掛けて空を見上げた。
昨日、アルトが言っていた通りなら、もうすぐ訓練空域から新統合軍バックフライト基地へ戻ってくるサジタリウス小隊が見えるはずだ。
見つけられるだろうか?
もうすぐ日の出。
東の空は夜明け直前の深い闇に沈んでいる。
南の空には、太い柱の様な構造が大地から天へと聳え立っている。最上部は静止衛星軌道上にあるバジュラ達が建造した構造物『ハイヴ』まで届いている。
チチッ……
頭上から降ってくる囀りに、シェリルは見上げた。
この惑星原産の小鳥の鳴き声だ。地球起源の鳥類とは違うが、姿も生態も声も鳥に良く似ている。
クランが説明してくれたわね)
異星生物学の学位を持つ友人の事を思い出した。先行進化、それとも平行進化だったろうか。起源の違う生物種でも形が似てくる現象はよくある事だそうだ。
小鳥は東の方へと飛んでゆく。まだ暗くて鳥の姿はハッキリ見えないが、囀リが大まかな位置を教えてくれる。
東の水平線が赤く染まっている。
最初の曙光が青い瞳を射た。
昇る朝日の上にキラリと硬質な輝きが見えた。
シェリルが目を凝らすと、明け方の空を背景にして白い戦闘機の編隊が見えた。数は4。こちらへと向かってくる。
アルトー!」
静寂が支配する公園の空気を震わせ、シェリルの良く通る声が響いた。
叫びながら大きく手を振る。
アルトは気づくだろうか?
戦闘機はみるみるうちに接近してきた。
朝日に照らされVF-25特有の優美に長い機首が見える。
「あっ」
シェリルは息を飲んだ。
再びVF-25がキラリと太陽の光を反射した。先頭の隊長機がガウォークに変形したのだ。
続いて、僚機も変形して編隊は急減速。
シェリルの右手をゆっくりと航過する。
激しく手を振って応えた。
VF-25は再びファイター形態に変形。4機でフィンガーチップ編隊を維持したまま、空中で大きく回転してみせた。
「調子乗り過ぎ!」
隊長機のコクピットに居るアルトには届かないだろうが、笑顔のシェリルは声の限りに叫んだ。
3回目のループへと急上昇するVF-25を見て、シェリルの脳裏にひらめくものがあった。
(夜明け…小鳥…上昇するカーブ……バジュラ達の塔!)
曲想が一瞬でまとまった。
イントロは、高音のキーボードとストリング。
ベースとギターが攻撃的にかぶせてくる。
歌い出しは…
「夜明けの光を小鳥が見つけるように…」
歌が、歌詞が、メロディが、シェリルの唇から溢れ出す。
歌いながら車に乗り込むとアクセルを踏み込んだ。
脳裏には完璧なバンド用のフルスコアが浮かび、歌声に合わせて流れてゆく。
朝の澄んだ空気の中、公園からの一本道を走るシェリルのセダン。
並行してVF-25の小隊も飛ぶ。
やがて車は市域に入り、可変戦闘機も基地へのアプローチコースに入った。
自宅に戻ったシェリルは、一気呵成に曲を書き上げた。
タイトルは『オベリスク』。
バジュラ戦役を戦い抜く強い意志を表す曲として、長く記憶されることになる。


★あとがき★
久々の新作です。ご無沙汰してしまいました。
今回は、ちょっと変わった取り組みとしてtwitter上で、お話を書いてみました。
リアルタイムで感想をうかがいながら書くのって、なかなか刺激的ですね。
お付き合いいただいた方々、ありがとうございました。

当初、『オベリスク』のプロモーションビデオを制作する話にしようかと思ったのですが、劇場版の『オベリスク』が流れているシーン以上にピッタリの映像が思い浮かばなくて、こねくりまわしているうちに制作秘話みたいなのになりました。
歌詞の中で“ガレキを飛び越え上昇するカーブ”という部分からシェリルが急上昇するVF-25を見上げるシーンを思い浮かべ膨らませてみました。

実際、運転する時に『オベリスク』と『ライオン』『射手座☆午後九時Don't be late』かけると、アクセルを踏み過ぎそうになりませんか?

2010.06.27 


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